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大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)124号 判決

主文

原判決中被控訴人と控訴人に関する部分を取り消す。

被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張、証拠関係は、次のものを付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、そのうち控訴人関係の部分をここに引用する。

(控訴人の主張)

1  民法七一五条の使用者責任は、無過失責任を定めたものではない。従つて、「其事業ノ執行ニ付キ」の其のとは控訴人が営んでいる金融業を指すものであつて、控訴人が営んだことのない不動産業を指すものではない。近来不動産の売買、仲介は国家試験に合格した資格のある主任者をおかねばその免許は下らないし、免許なくしてそれを行うことは刑事上の制裁を以て禁止せられているのであつて、控訴人を不動産業務を営んでいるものとみることは、法律上も事実上もできない。

2  不動産取引員の業務は、委託者の委任を受け売買、交換、賃貸の代理、媒介をなし不動産の登記、引渡を以て完成するものであるから、真先に調査すべきは登記関係であり、更に登記が実体と一致するかどうかを調査するため取引の本人を調査し、契約締結には当事者本人を引合わせ署名捺印せしめるのが原則である。本件紛議の原因は、これを行わなかつた習熟不足の不良業者の責任である。

3  被控訴人は、自己の怠慢によつて予告登記の存在を発見せず、一度元所有者との交渉に破れた経験を無為にし、調停中の危険な物件であることを認識しながらこれを安価に入手せんと企て、業者に支払うべき報酬をすら惜しみ、委任状ももたない一介の事務員級の者と他人の不動産の売買契約を急いだため、本件事故が生じたのであつて、損害を被つたとしても、被控訴人自らの過失によるものであつて、控訴人に転嫁せられる理由はない。仮に、控訴人に責任があるとしても、被控訴人の過失を大きく斟酌するのが公正である。

4  控訴人は、森本長蔵を金融業のための使い走りの事務員として個々の仕事につき個々の指示を与えて機械的にこれを行わしめて使用していたに過ぎず、財産の処分やその決定を委ねたことがないし、不動産のような高額な物件の処分を抽象的一般的に一任しておくことはあり得ない。調停に出頭させたことを拡大して見てはならない。

5  以上の主張に理由がないとしても、控訴人は、森本長蔵の選任、監督に過失がないから、被控訴人の本訴請求は失当である。

(控訴人の主張に対する被控訴人の答弁、主張)

1 森本長蔵は、控訴人方の支配人或は番頭格として、控訴人の金融業務全般を切り廻し、その担保流れとして控訴人が取得した不動産の処分についても買主との交渉、その後の手続等一切の業務を執行していたのであるから、同人の行つた不法行為は、控訴人の事業の執行につき行われたものである。即ち森本は、係争不動産を売却する具体的権限なく、かつ浜田正夫、同正明と控訴人との間に紛争があるため物件の所有権を円満に被控訴人に移転できない状態にあつたことを秘し、控訴人が代物弁済として取得した物件を売渡すと称し、売買代金名下に被控訴人より一、〇〇〇万円を詐取したものであるところ、金融業者が貸付金回収のため不動産に抵当権、代物弁済予約等の担保権を設定し、貸付金の弁済が得られないときは物件を代物弁済として取得し、それを処分することは通常行われているところであるから、こうした行為は控訴人の金融業に含まれ、密接に関連し不可分に附随する業務であるというべく、森本が具体的にかような取引を行う権限なく、背任行為を行つたとしても、外形理論により控訴人の事業の執行につきなされたものというべきである。

2 その他控訴人の主張する過失相殺の抗弁等はすべて認めない。

(証拠)(省略)

理由

原判決理由の冒頭、即ち原判決一〇枚目表六行目の初から一三枚目表四行目の「……続けた。」まで(但し、一一枚目表一行目の「従事していた。」から同四行目までを、「従事していたが、最終の決定権はなく、最終的な決定は、控訴人によりなされていた。」と訂正する。)と同一三枚目表一一行目の初から一五枚目裏四行目終までの事実の認定と判断は、当裁判所の認定判断と一致するので、その部分をここに引用し、これに次の認定と判断を付け加える。

控訴人の使用者責任について。

被用者の取引行為がその外形からみて使用者の事業の範囲内に属すると認められる場合であつても、それが被用者の職務権限内において適法に行われたものではなく、かつ、その相手方が右の事情を知り、または少くとも重大な過失によつてこれを知らないものであるときは、その相手方である被害者は、民法七一五条により使用者に対してその取引行為に基づく損害の賠償を請求することができないものと解すべきである(最高裁判所昭和四二年一一月二日判決、民集二一巻九号二二七八頁参照)。控訴人が中沢商事の商号で金融業を営んでいる者であり、森本長蔵が本件取引行為当時控訴人の被用者であつたことは、当事者間に争いがない。金融業者が金員を第三者に貸与し、その担保にとつた不動産等の所有権を取得し、これを処分し、貸金の回収をはかることは、金融業本来の業務には当らないとしても本来の業務と相当な牽連関係のあるものであるから、外形的には控訴人の事業の範囲内の行為であると認めるのを相当とする。しかし、当裁判所の引用する原判決の認定するように、森本長蔵は、控訴人に雇われていた間に、本件物件を売却処分する代理権がなく、かつ、控訴人の指示を受けることなく無断で被控訴人に右物件を売渡す旨契約し、売買の手付金及び内入代金名義で二回に合計一、〇〇〇万円をだまし取つたのであるから、被用者である森本長蔵の右行為は、その職務権限内において適法に行われたものではないというべきである。そこで、右行為の相手方である被控訴人の代表者又はその代理人が右の事情を知つていたか、または重大な過失によつてこれを知らなかつたかどうかにつき判断することとする。

原審証人高橋至の証言(第一回)と原審における被告本人森本長蔵の供述により真正に成立したものと認められる甲一号証、同二号証の一ないし三、原審における被告本人森本長蔵の供述により真正に成立したと認められる甲三号証、成立に争いのない甲五ないし九号証、同一〇号証の一、二、同一三号証の一、二、同二四号証の一ないし六、原審証人浜田正明の証言と弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲一三号証の三ないし八、原審証人高橋至(第一、二回)、同浜田正明の各証言、原審における被控訴人代表者渋谷昇(第一、二回)、被告森本長蔵の各供述、原審及び当審における控訴人本人の供述(当審は第一、二回)を総合すれば、次の事実を認めることができる。

一、昭和三〇年六月三〇日被控訴人の本社の営業部長で大阪営業所長を兼ねていた高橋至は、被控訴人の代理人として、控訴人の支配人であると不動産業である仲介人の岩井勇、藤田英太郎らから紹介された森本長蔵と原判決添付目録記載の宅地及び建物(以下本件物件という。)を代金一、七〇〇万円で買い受ける旨契約し、即日同人に手付金として三五〇万円を支払い、更に一週間後の七月七日に内入金として六五〇万円を支払つたが、右契約の際作成された不動産売買契約証書(甲一号証)には、売主として単に中沢商事森本真路(森本長蔵の通名)とのみ記載されてあつて、中沢商事中沢暁の支配人又は代理人の表示がなく、右三五〇万円の受領証である甲二号証の一にも受領者として中沢商事森本真路とのみあり、そこに押捺されている「中沢商事之印」という角印は、控訴人の印ではなく、(原審及び当審における控訴人本人の供述)、又前記六五〇万円の受領証である甲二号証の二、同三号証には、いずれも受領者として森本真路とのみ記載されている。

二、右売買契約に関与した高橋至及び被控訴人代表者渋谷昇は、前記仲介人岩井勇、藤田英太郎らから森本長蔵が控訴人の支配人であると紹介されただけで、本件物件に対する売買契約の委任状や支配人であることを証するものの呈示を受けることもなく、又森本長蔵が真実控訴人の支配人であるかどうかを調査することなく、直ちに右仲介人らのいつたことを信用し、本件売買契約をした。しかるに、森本長蔵は、当裁判所の引用する原判決の認定するように、控訴人の使用人ではあるが、その指示命令により控訴人の事務を処理するだけで、支配人又は番頭ではなく、本件物件につき、何らの代理権を有しなかつたのである。

三、当裁判所の引用する原判決の認定するように、被控訴人は、仲介人岡部虎雄、岩井勇、藤田英太郎の仲介により当時本件物件の所有者であつた浜田正夫、浜田正明から右物件を買い受けようとして交渉したが、浜田側の言い値が高かつたため、買受を断念した。昭和三〇年二月頃になり、岡部虎雄は、右物件の所有者が控訴人に変つたことを知り再び買受の交渉を始めた結果、被控訴人と控訴人の支配人と称する森本長蔵との間に本件売買契約がなされたのであるが、右契約当時においては、控訴人が浜田正夫らに対する一、〇〇〇万円の貸付金の代物弁済として昭和三〇年二月一一日本件物件の所有権を取得したとして、その旨の登記がなされ、これに対し、浜田正夫らが同年三月一七日大阪地方裁判所に控訴人を被告として、所有権移転登記抹消手続請求の訴が提起され、同年四月五日付で本件物件につき、その旨の予告登記がなされていた。同年四月末頃には、浜田正夫らから右事件につき調停の申立がなされ、同調停は、同年一一月一八日に取り下げられるまで続けられた。被控訴人代表者渋谷昇や営業部長の高橋至は、本件売買契約に当り、本件物件の登記謄本を調査すれば、右予告登記のあることを容易に知ることができたのに、その調査やその他の調査をしなかつたので、右事実を知らずに本件契約をした。

四、被控訴人代表者渋谷昇や高橋至は、控訴人が金融業を営んでいることを知つていた。森本長蔵は、当初本件物件の売買代金を二、五〇〇万円といつていたのに、わずかの交渉期間のうちに代金を一、七〇〇万円に減額し、本件売買契約は、代金一、七〇〇万円でなされた。しかも、右契約においては、手付金三五〇万円を除いた残金一、三五〇万円を所有権移転登記書類が完成した上で支払うことになつていたのに(甲一号証の五条)、被控訴人は、右支払期日前の昭和三〇年七月七日に六五〇万円を支払つている。その理由は、被控訴人側で右のように減額させたのと、森本長蔵に対し、仲介人の岩井勇、藤田英太郎、岡部虎雄に仲介手数料を支払わぬから、金融業を営む控訴人ないしは森本長蔵個人において、前記手付金と内入金の合計一、〇〇〇万円を高利に運用して利益を生み出し、それにより手数料を作れといい、その趣旨で約定の期日より早く六五〇万円を森本長蔵に支払つたのである。森本長蔵は、同年七月一一日右一、〇〇〇万円のうち九〇万円を右仲介人三名に支払つたほか、自己のための投資その他に使用し、事業に失敗したため、これを控訴人に全然交付せず、控訴人は、当時右事実を全く知らなかつた。

五、被控訴人代表者渋谷昇、営業部長高橋至が森本長蔵と本件売買契約をし、手付金三五〇万円と内入金六五〇万円との合計一、〇〇〇万円を森本長蔵に交付するに当り、同人らは、森本長蔵の代理資格につき、面接又は電話等により控訴人に問い合せをせず、又控訴人に対し、本件物件が控訴人の所有物であり、これを売却する意思の有無を問い合せなかつた。

以上の認定の一ないし五の事実によれば、被控訴人代表者渋谷昇、営業部長高橋至は、本件売買契約書、金員の領収書の売主の資格の記載自体によつても、森本長蔵の代理資格や売買の権限の有無につき当然疑問を抱くべきであるのに、注意を欠いた結果これに気づかず、又右両名が少し注意して調査すれば、控訴人の支配人であるという森本長蔵に、本件物件につき、控訴人を代理して売買契約を締結する権限がなく、同人が控訴人のためにするのでなく、自己の利益を計る目的で被控訴人から金員をだまし取るものであることを容易に知ることができたであろうのに、同人らは、右の調査をせず、不動産業者である仲介人岩井勇、藤田英太郎らの言葉のみを信用し、本件売買契約を締結し、手付金と内入金との合計一、〇〇〇万円もの多額の金員を森本長蔵に交付したのであるから、この点において既に過失がある。又不動産の売買契約をするには、その登記簿の調査をするのが通常であり、特に本件においては、右物件につき、控訴人名義の所有権取得登記の抹消登記手続を求める訴の提起があり、その予告登記がなされていることを知ることができ、右物件が契約当時控訴人の所有に属するか否かが争われているのであるから、控訴人が金融業者であるとはいえ、係争中の物件を売却するようなことは、特別の場合でないから、控訴人に売却するか否かを直接問い合せれば、控訴人において売買の意思の有無を容易に知ることができたであろうのに、これをなさなかつたのであるから、この点においても過失がある。又前記渋谷昇、高橋至は、控訴人が金融業者であることを知つていたのであり、金融業者が担保物件の所有権を取得し、これを処分するにつき、当初二、五〇〇万円の売値を僅かの交渉の期間内に一、七〇〇万円に減額するようなことは、通常予期できないことであるから、森本長蔵が真に控訴人を代理して売買契約をするのであるか否かにつき、多大の疑を抱くべきであるのに、右両名は、本件物件を安価にしかも買い急ぐことのみ専念し、この点に何らの疑を抱かなかつたのであるから、注意を欠いたものと認めるべきである。以上の次第であるから、被控訴代表者渋谷昇又は営業部長の高橋至は、森本長蔵が本件売買契約を締結し、その手付金や内入金を受領する行為が同人の職務権限内において適法になされたものでないことを知つていたと認めることはできないが、重大な過失によりこれを知らなかつたものと認めるのを相当とする。そうすると、被控訴人は、既に説示した理由により、森本長蔵の本件不法行為により被控訴人の被つた損害につき、同人の使用者であつた控訴人に対し、その賠償を請求することができないものといわなければならない。

されば、以上と異る控訴人に関する原判決の部分は、失当であつて、本件控訴は、理由があるから、原判決のうち控訴人に関する部分を取り消し、被控訴人の請求を棄却することとする。

次に、被控訴人は、控訴人に対し予備的に、被控訴人又は渋谷昇、高橋至が控訴人の代理人森本長蔵と本件売買契約を結び一、〇〇〇万円を支払つたところ、控訴人の責に帰すべき理由により履行遅滞となり契約は解除になつたので、その原状回復として一、〇〇〇万円と履行期の翌日より年五分の遅延損害金を求めているが、森本が本件につき控訴人を代理する権限なく権限を濫用して行つたものであることは、当裁判所の引用する原判決の説明と、不法行為について当裁判所がさきに説明したとおりであるから、控訴人が当然その責任を負う理由はない。尚被控訴人の主張のうちには民法上、商法上の表見代理理論による責任の追及がなされているものがあるとみても、被控訴人らの方において善意、無過失であつたとは認められないこと既に述べたとおりであるから、この理由を以てしても控訴人の責任を問うことはできないので、被控訴人の予備的請求も亦認容さるるに由ない。

よつて訴訟費用の負担につき民訴法八九条九六条を適用して主文のとおり判決する。

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